東京高等裁判所 昭和24年(わ)548号 判決 1950年4月21日
上告人 被告人 株式会社小林百貨店 増井甚作
弁護人 小野謙三 外二名
検察官 小泉輝三朗関与
主文
本件上告は孰れも之を棄却する。
理由
弁護人小野謙三、同井本台吉、同長野潔上告趣意
第一点について。
原判決挙示の証拠たる原審第二回公判調書中証人岩間令一郎の供述記載によると同人は判示小林百貨店の商事部の部員として商品の販売もしており、同部の主任である被告人増井に話をして本件チューブの取引を進行せしめたものであり該取引のことが領置にかかる手帳に書いてあるが、そういう証拠が見つかると店のために悪いと思つてその部分を破つたことが認められ、同じく証人加藤五十二の原審公廷における供述内容によると同人が右岩間令一郎を取調べると令一郎は本件の取引は右商事部の主任の被告人増井の命令を受けて会社のためにやつたと述べたことが認められ、同じく新発田博の提出した始末書中の記載によると同人が判示チューブを右商事部に売渡したことが認められる。而して右の証拠内容を考量し更に之に原判決挙示の全証拠を綜合すると被告人の為した判示取引がすべて被告会社の業務に関して行われ被告人増井の個人的な取引として行われたものでないことが認められる。従つて原判決は所論事実を証拠によつて認定したものであるから原判決には所論理由不備の違法を蔵しない。論旨は理由がない。
第二点について。
原判決挙示の証拠内容は論旨第一点に対する説明において述べたようなものであつて、更に詳細にその内容を検討綜合すると被告人増井は判示取引を判示会社の商事部の主任として同会社のために行い、自己個人の利益の為に行つたのではないことが確認せられる。果して然らば被告人増井の判示違反行為の経済的責任は当然被告人会社に帰することとなるから其の事実が特に判文に明示せられていなくても原審の認めた本件事実内容には何等の消長を来さないのである。物価統制令第四十条に所謂法人の従業員の違反行為が当該法人の業務に関するとは該行為が法人の業務に関連して具体的に行われ、その経済上の影響が当然法人に及ぶことを内容とするものと解するを相当とする。原審が証拠によつて認定したところは之と同様の内容を有するのであり、所論の様に当該違反行為が一般的又は外形上当該法人の業務に属するものと見られるだけの内容を有するにすぎないものではない。即ち当該違反行為の経済的責任が法人に帰するとの所論事実は既に所謂業務に関するとの事実中に包含せられているから、判決においては単に右違反行為が法人の業務に関する旨を明示すれば足り右所論事実は之を説示するを要しない。従つて原判決は本件における罪となるべき事実を説示するにおいて何等欠くるところがないばかりでなくその事実を証明するに十分な証拠を挙示している。即ち原判決の理由は事実並に証拠の両方面において備わつており、所論違法は一も原判決に存しない。論旨は理由がない。
第四点について。
巡査は明治十四年司法省布達甲第五号、同年司法省達丙第十三号及び明治十六年司法省達丁第九号に基いて、同布達及び達に所謂警部を代理して司法警察官としての職務を取ることができる。而して右布達及び達の発せられた時期には警部のみ存して今日所謂警部補は存しなかつたからその所謂警部中には今日所謂警部の外今日所謂警部補をも包含するものと解することができる。しかも一般的に謂つて警部を代理することのできる者はその補佐官たる警部補をも代理し得るものと解し得られる。従つて今日においては巡査は右法令に基いて警部補をも代理し得るものと解するを相当とする。従つて所論聴取書は孰れも法令に基いて適正に形成せられた有効の書類である。さればこれを断罪の資料に供した原判決には所論採証法則の無視又は証拠とすべからざる書類を証拠に採用したとの違法は存しない。論旨は理由がない。(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 佐伯顯二 判事 久礼田益喜 判事 仁科恒彦)
上告趣意書
第一点原判決は被告会社の商事部主任であり、官庁、工場等に対する商品の受註並びに納入、集金等の業務に従事していた相被告人増井甚作が法定の除外事由がないのに拘らず、新潟県教職員組合に対し、昭和二十二年十二月十五日頃から昭和二十三年一月十三日頃までの間五回に自転車用チューブ寸法26×13/8(インチ)のもの九百八十本を統制額を超過する代金で販売したことが、百貨店業等を営む被告会社の業務に関するものであると認定し、被告会社に対し、物価統制令第三条、第四条、第三十三条及び第四十条その他の法条を適用し被告会社を罰金参拾万円に処する旨の判決をした。しかし、原判決がこの取引が被告会社の業務に関するものと認定したのは、原審の独断であつて適確な証拠によらないものである。
原判決が、事実認定の証拠として掲げているところは、本件取引が被告会社の業務に関するものであることを認めるに足りない。すなわち、
一、相被告人増井甚作の原審公判廷における供述。
これは単に本件取引の行われた経緯を示すだけで被告会社の業務に関することは述べていない。
一、原審証人岩間令一郎の供述記載。
本件取引の日時数量等取引内容を明かにすることができるだけで被告会社の関係は述べていない。ただ手帳を破つたのは店に迷惑をかけないためであると述べているが、これは代表取締役が統制品を取扱うことを厳禁していたがために過ぎず。これあるがため被告会社の業務に関するものとはならない。
一、原審証人新発田博の供述調書。当時店の取引であるとか増井の取引であるとかということは考えなかつたと述べている。
一、原審証人加藤五十二の原審公判廷に於ける供述。
単に岩間が増井の命令で本件取引を行つたことが明かにされているだけである。増井の取引が被告会社の業務に関するものと認定する資料にはならない。
一、原審相被告人に対する聴取書。
増井が商事部主任として一般事務の取扱状況を明かにしただけであつて、本件取引が被告会社の業務に関するものであることの証左にはならない。
一、加藤貫三に対する聴取書。
これまた商事部の仕事の取扱について述べているのみである。
一、岩間令一郎に対する聴取書。
一、高橋重治の始末書。
一、新発田博の始末書。
一、岩間令一郎作成の表。
一、登記簿謄本。
一、押収の手帳の存在。
以上は、いずれも本件取引が被告会社の業務に関するものであることの認定の資料とはならない。
原判決が掲げている各証拠を点検するに、いずれも本件取引が被告会社の業務に関するものであることを認定する証拠としては不十分であり、これを綜合しても業務に関するものであることを認定するに足りない。すなわち、原判決は、被告会社に対し有罪の言渡を為すに当り証拠によつて犯罪事実を認定しなかつたものであり判決に理由を附しない違法があるものというべく到底破棄を免れないものと信ずる。
第二点物価統制令第四十条のいわゆる両罰規定は、法人の従業者の違反行為が当該法人の「業務に関し」行われたことを要件として適用を見るのである。「業務に関し」とは当該違反行為が単に一般的に又は外形上当該法人の業務に属するものと見られるだけでは足らず、当該違反行為の経済的責任が法人に帰する場合でなければならない。従つて会社の従業員が会社のために取引するのでなく、専ら従業員一個の利益のため取引する場合は、たとい一般的に又は外形上会社の取引と見られる場合であつても、当該会社の「業務に関し」行われた取引とはいえない。この場合会社は両罰規定の適用を受ける筋合はないと信ずる。故に、従業員の違反行為が会社の業務に関し行われたことを認めるがためには当該違反行為による損益が会社に帰属することを認定しなければならない。然るに原判決は単に抽象的に「業務に関し」と判示するに止まり、その具体的な裏付けをしないのであるから、原判決の事実の摘示は違法である。
仮りに、百歩を譲りかような抽象的な事実認定を違法でないとしても少くとも証拠説明においては、その抽象的な事実を裏付けるに十分な証拠を挙示しなければ証拠によらずして事実を認定したそしりを免れない。
そして本件において、抽象的な「業務に関し」という事実を証明する証拠は増井甚作の行つた当該取引の経済的利益が被告会社に帰属しているか、又は帰属すべきものであることを証明するものでなければならないが、原審挙示の各証拠中にはかかる証明に役立つものは一も存在しない。却つて原判決が証拠説明の冐頭に引用している相被告人増井甚作は、原審公判廷で、原判決引用の部分に次で「問、其の儲を経理部の方に渡さなかつたか」、答「渡しません、自分の使うものとして取つて置きました。社長が統制品は絶体に取扱うなと云つた事を聞いているので、悪い事とは知つておりましたが註文が差し廻つて来たので取引をしました」と述べているのであつて、被告会社に利益を帰属させないことが明白になつているのである。証拠の取捨選択は、原審の専権に属するのであるから、この被告会社に有利な供述を採用しなかつたことを批難はできないとしても、原判決はこの有利な供述を抹殺するに足る反対証拠を挙示していないのである。
即ち原判決は「罪ト為ルベキ事実」の説明において欠くるところがあり、仮りに然らずとするも「証拠ニ依リ之ヲ認メタル理由」を説明しないことに帰着し、判決に理由を附しない違法があると思料する。
第四点原判決は証拠に採用すべからざる書類を証拠に採用した違法が存する。
刑事訴訟法上司法警察官たり得べき資格は限定されて居り巡査に司法警察官たるの資格なきこと亦同法文上明である。巡査が司法警察官として其の職務を遂行し得るには法令に基かなくてはならない。従来巡査が司法警察官の代理として其の職務を遂行し居りしは明治十四年司法省布達甲第五号同年司法省達丙第十三号及明治十六年司法省達丁第九号に基くものであつて巡査が司法警察官としての職を取ることの出来るのは警部を代理したる場合に限らる。警部補や警視の代理は認められて居らぬのである。本件にありては巡査加藤五十二が警部補を代理して司法警察官たるの職務を遂行し被告人増井甚作、加藤貫三、岩間令一郎に対し聴取書を作成し居り之を原審裁判所は断罪の資料に供して居る。明かに権限のない者が法令に違反した身分によつて司法警察官の職務として作成せる書類は無効たることは言うを俟たない処である。此の如き無効にして証拠となすべからざる書類(聴取書)を採証の法則を無視し断罪の資料に供したのである。到底破棄を免れざるものと信ずる。
(その他の上告論旨は省略する。)